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集団生活の意味   

IDA SOCCER NIGHT SCIENCE 夢に向かう君へ13

 静学では、多くの子が寮で集団生活を送る。そこで三年をかけて、寮での〝つまらないこと〟から大切なことを学ぶ。
 例えば勢いよくションベンすると、掃除する後輩に迷惑がかかるから、できる限り便器に近づき、おとなしくおしっこすること。できることなら大便器に座っておしっこをしよう、と。こうしたことを、自然に思うようになる。
 「気づかい」という、人として最低限持たねばならぬ資質だ。小さなことと思うなかれ。それが大切な社会性を身に着けた大人への道だ。
 今日の日本があるのも、こうした人間の美徳があったからだ。人が作った社会の美しい資質、それを学ぶところが、昔の地域と家庭にはどこにでもあった。それは、そういう気を使う社会性がなかったら生きずらかった時代の、生きんがための知恵だった。  今はその資質がなくても生きられる。普通に暮らすことができるし、逮捕されることもない。だが、社会の質としては貧しいものになっている。「人への気付かい」や「社会性」を学ぶ場所は、大人が準備しなければ欠落した人になる。親が君たちに真に願うことは、ここにある。
 親に弁当をつくってもらったら、送り迎えしてもらったなら、自然に「ありがとう」と言える人になること。親に車で送ってもらっている時、眠くてどうしようもなくなったなら「ゴメン。少し眠ってもいい?」と断る人間になること。運転してくれる親との会話もしないで、メールをピッピッやっていたかつての姿が恥ずかしくなること。そんな大人になった子どもの姿に触れた時、親はすべてが報われるものだ。
 寮生活での〝つまらないこと〟から学ぶことの重要性がわかるか。大人になること、幼稚さからの卒業なのだ。

気付く才能

 入学した時には、すぐ調子に乗り、軽くて幼稚だったFが、トップチームで悩み、学び、考え、こう書いてきた。
 「自分には、他人を尊敬して、素直に物事を受け取れない弱点がある。そういうところを直さないと、試合の流れを読み、指示し、瞬時の準備をすることができない。これでは全国で通用する選手にはなれない。そういうところを直すには、まず落ち着いた生活を送ること。HやIと自分の差は、私生活すべてでそういうことを強く意識しているかどうかの差じゃないかと思う。全国大会三回の先頭に立った先輩の生活を見てそう思った。生活が試合に出ると」
 Fが自分で気付いたところに希望がある。彼の意識された生活の中に、二年になってから自分で始めた寮玄関の掃除がある。Sをはじめ毎日トイレ掃除を絶対に欠かさない一年生がいる一方で、適当に掃除を怠ける一年生もいる。
 意識の高い選手かどうかは一瞬でわかる。匂うのだ。テーブルや廊下も共用部分のきれいさはウソはつかない。
 これが勝利の神に認めてもらう条件だ。寮とその周りは劇的にきれいになり、近所の方々にあいさつができるようになった。挑戦する青年の生活はクリアだ。これに気付くかどうかは、残念だが自分次第なんだ。言われないとできない選手には希望はやってこない。
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カテゴリ: H30 その他

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