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何に挑戦しているのか  

記録だ、勝利だ。

そんなものはもう十分だ。充分すぎる。
昨年から、
高校総体全国-高円宮杯全日本ユース-選手権全国-高円宮プレミアリーグイースト-高校総体全国と、 5回連続して高校年代の全国大会に運あって出場させてもらっている。
過去にないことだという人がいる。記録かもしれないと言う言い方をする人さえいる。
記録って何の記録だ。
君たちの価値をはかり決定し、評価を表わす重要な意味を持つモノとはとても思えない。
無二の価値があるなら、何としても選手権予選も勝って記録をつなげることが使命なのだが、 冷静に見れば、使命でも何でもなく、君たちの本質を左右させるものでさえない。
誤解を恐れず言えば、君自身にとって、栄冠なるものは、ほとんど意味のないことだ。
ではなぜ、 幸運にも、一つひとつの大会粘って全国に出場できたのか。
そこには、 春にJユースの才能たちに、自分たちの現実の力とヌルさを晒され、 コテンパンに二つ折り、四つ折りにやられ気が付き、 総体でも最後の最後まで頑張れるものが身についていない事を教えられ、 プレミア降格争いで、あきらめない粘りのヒントをもらい、 夏の日々が鍛えてくれ、 自分達は強くない事を教えてくれる現実が常にあり、 そればかりか胸はち切れる悲しい経験も与えられ、 それでどうするかと、 まさに日々の生活をどうするのかと、 問われ続けた。
そして少しはサッカーに対する気持ちを自分自身に問えるようになった。
ギリギリの挑戦として意識できるようになった。
ほかの高校生が遊んでいる時間に早く寝て、友が寝入っている時間に早く起き努力する。
その途上だ。
耐えきれず、誘惑にまとわりつかれ落ちそうになっている仲間もいるが、 その判断は、すでに自分の問題だ。
自分で弱い自分を否定して、苦しみ、決断し踏み出す以外ない性格なものだ。
親も踏み入っても変わらない聖域だ。
調整はきかない本質だから。
17,18の道を決める「自分を見つめる目と覚悟」だから。 もしも記録の中に敢えて価値を見いだすならば、 足りないことを自覚し、挑戦してきた、練習・学校生活・私生活そのものだ。
その途切れぬ継続にこそ価値はある。
結果は偶然それについてきたもの。
どんなチームだろうと永遠に勝ち続けるチームなどいない。
勝利の神様がくれた幸運、それだけだ。
君たち以上に恵まれない中で努力する仲間はゴマンといる。
五万人かは定かでないが、そのくらいはいるんだろう(笑)。
一体君が何に挑戦するのかといえば、 誰にもできない継続した努力。
もちろんジンクスなどこの世に存在しない。
9回の挑戦で成し遂げれなかった総体、呪縛はどうやって解けたのか。
勝ちたい色気に巻き込まれなかったこと。
勝ちにこだわらなかったこと。
試合を自分たちの日常を100%出す挑戦の場とした事。
静学のサッカーをやりきることに集中した事。
結果がすべてのサッカーを否定し、その思考を軽蔑できた事。
そして 井田勝通が営々と継続してきた40年の努力の日々のご褒美に ひょっいっと「もういいぞ」と勝利の神様が置いていってくれたのだ。 結果にこだわるな。
井田勝通は言う
「努力は裏切らない」
「あきらめない人が勝利者だ」
「真剣さのみが人を人とし、努力の汗のみぞ天才をつくる」と。
勝負は日常だと据えること。
生活から軽いモノを取り去ること。
必要でないものは後にまわす覚悟があること。
それは特別なものではない。
挑戦する高校生ならば、 他のスポーツであれ、 受験勉強であれ、 それぞれも様々な真剣な夢であれ、 追い求めるものがある仲間たちにとってはごくごく普通なこと。
あたりまえなこと。
その挑戦の24時間が、その3年の継続・25,000時間が異常と感じたなら、 勝負の挑戦から去るよりほかにない。
まあ、チャラチャラしたって生きてはいける。
母を天国に見送った長谷川竜也に 井田勝通がこっそり送ったダルマの色紙。
ちらっと見えたその言葉は なにくそ 負けるもんか らしい言葉が筆で描かれていた。
その日の達磨は慈悲に満ちていた。 若者の成否は彼らが40になった時に急に明らかになりはじめる。
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カテゴリ: H30 その他

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